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2016.02.24 (Wed)

コラボ論?( {0}ё{0})なのかな?

コラボ、合同企画。

二つ以上の異なる個性がぶつかり合い、化学反応を起こし、今までに無い新しい何かを生み出す作業。

ある程度創作活動を続けていって、交友関係も広がっていくと誰しも一度や二度は試みたくなるものみたいですね。

でも、人間同士が意見を交し合うのだから、そうそう上手くいくとは限らないわけで……。



振り返ってみると、自分が携わってるばなわには、実はそういう広義の意味でのコラボレーションが多い。よーな気も。

今や看板の一つであるAncient sevenSは、原作者サイドの皆様や、音声編集を引き受けてくださった隣のKさん、玖伊奈監督との繋がりでサウンド方面にご協力いただいているRoom97さんといった方々のお力添えの賜物だし。

自分が直接陣頭指揮を執っている重力の都も、遊玄堂さんとのコラボ・・・・・・というか「競作」って感じですが、ぶっちゃけナリユキとイキオイの産物だけど(苦笑)、幾度と無く関わってきた“戦友”結内狼さんとの間で培ってきたものがあるから、自分が今まで蓄積してきたものを注ぎ込めた訳でして。お互いのプライドや状況を尊重しつつ、牛歩の如き企画進行具合であっても。

見方を変えれば無料頒布の大○○シリーズや、俺が実験朗読公演として定期開催してきたuna:chenterも、コラボっちゃコラボと言えなくもないですし。

そもそも園児・外部問わずキャストの皆さんと一緒に収録に臨むこと自体がコラボレーションですよ。

誰かと何か事を成す事の大変さと尊さ、それを維持するために何が必要なのか、それらは色んな局面で学び続けてきたように思います。




【More・・・】


自分の周りでは成功例のほうが多いですが、安易に手を出して痛い目に遭ってる人も中にはいらっしゃるみたいですね。

コラボや合同企画が失敗に終わる場合の大元の大元とは?を考えてみたんですが……つまりは「人間を見ていない」せいでは無いか?と。

そもそも「コイツと組みたい!」「この人ならきっとイイ者が出来る!」「一緒に何か出来るなら多少の苦労はいとわない」っていう熱烈なパッションが原動力になるべきで、そこまで相手を信用できるか、そして自分の調整能力を発揮できるかどうか。そこからがスタートなのでは無いだろうかと。そもそもそれでも失敗する時は失敗してしまうのだから。

そう考えるとコラボの失敗談において、一方的な加害者・被害者っていないんじゃないかな?と思うんですよね。だって「人を見る目」があればその大元自体は回避出来たかも知れないんだもん。

おまけに何度も何度も同じ徹を踏んでたとしたら、そりゃもう他人のせいばかりには出来ないような気がね(苦笑)

前述ですが「組みたい人がいるから組む」のが本来のコラボレーションじゃないのかな?「相手の事よく知らないけど取り敢えず組んでみる」ならそりゃ失敗する確率も跳ね上がるだろうし、そんなもん一回で懲りろよとしか言えない。ぴーぴー泣かれても同情の余地は無いですし、赤っ恥を宣伝して回ってるセルフ羞恥プレイになりかねない(苦笑)



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